Gotaku Past Logs :1120-1101

ご案内the OYAKONEWS

1120 バスに乗って

  • 投稿日 2004年07月13日

ロサンジェルス近郊に二年間住んで、公共交通機関を利用する機会がほとんど無かった。車社会で、アパートを探す前に、アパート探しのために車を手に入れる。順序としては、まず車屋。手に入れた自動車で不動産屋を回る、と言うのが一般的だろう。

一度だけ、バスに乗った。

パサデナのローズボウルというスタジアムで、ローリングストーンズの公演があった。チケットを手に入れた。東京ドームの日本公演を経験していたので二度目である。パサデナ市役所近くの駐車場に車を置き、バスでローズボウルまで運んでもらった。行きのバスの中は、ストーンズの懐かしいナンバーを乗客が合唱し、大変盛り上がった。10万人収容のスタジアムは暗くなるまで、バディ・ガイというブルースギタリストに続いて、レッドホットチリペッパーズと、前座が続き、いよいよストーンズ登場の頃に暗くなった。ベーシストが抜けた後だったし、東京公演の頃からメンバーは歳を取っていたし、、、やはり、ベーシストはばんどの要だ、と思いつつ、それでも楽しんだ。

帰り道もシャトルバスでパサデナ市役所まで運んでもらうはずだった。

乗り込んで、出発したバスの運転手は、若い主婦のアルバイトと言った風である。米国のバス免許がどうなっているのか知らない。発車後しばらくして、運転手がブツブツとつぶやきだした。

「どうしようかしら。私は帰り道を知らないんだけど、、、」

おいおい、適当に運転していたのか?

乗客のひとりが、立ち上がり、「おう、俺が案内してやろう」

みんな一安心。彼は、そこを右、次を左、と、道案内をして、

「そこで停めてくれ」といって、降りてしまった。どうやら彼の自宅前らしい。

パサデナ市役所は、そこからさほど遠くなかったらしく、運転手は道順を思い出し、バスは無事に停留所にたどり着いた。

ステージの二メートル四方に閉じこめられて、まだ空が明るいうちに、演奏をした、バディ・ガイが気の毒だった。誰も聴いていなかったし。私は楽しみにしていたんだけれど。

そういえば、プリンスも、ストーンズの前座でチャンスを掴んだという話を聞いたことがある。あの状況で、観衆に自分の演奏を聴いてもらうのは、かなりのパワーが必要なのだ。バディ・ガイのおじさんは、途中で明らかにうんざりしている様子が見て取れた。

1119 今日のニュース

  • 投稿日 2004年07月09日

西宮市辺りでも、真夏の日差しが強烈で、気温はかなり上がったと思う。多くの地域でこの夏一番の暑さを記録した一方、大分、熊本では激しい雨が降った。ニュースのアナウンサーがこの話題になると、肩を落とし、眉間にしわを寄せながら、耐えられないと云うような表情になるのが胡散臭い。私は職場の冷房に苦しめられた。午後からは冷房を切って過ごしたが、別段どうと云うこともなかった。夜になって西風が吹き、寝苦しさはない。我が家はエアコンを使わずに夏を過ごす。

北朝鮮による拉致被害者が、家族と面会することになった。インドネシアは大統領選挙のまっただ中ではなかったか?もう終わったのか?そんなことお構いなし。ホテルで臨時の記者会見のようなことをしている映像を見たが、あの馬鹿騒ぎは何なのだ。被害者自身が、静かに、そっとしておいて欲しい、と云うようなことを言っている。拉致被害者たちは、マスコミの扱いを心得ている。解決する上で、世論の支持が必須だからだ。芸能記者達の怒号に近い声かけに笑顔で応対する。迷惑この上ないだろうと思うが、芸能マスコミにはそのようなデリカシーは通じない。お役人も、盛り上がるに任せている。明日、会えると良いと思う。私は、政府が解決策を用意していると信じているが、彼女にとって、もっとも良い方向に事態が進展するように、場合によっては取材を制限する必要もあるのではないか。

プロ野球は、1リーグ制に向かう。読売社主の横暴を全てのオーナー達が甘んじて受けるさまは実に滑稽だ。プロ野球が何故プロとして成り立つか。それは野球が面白いスポーツだからである。経営を上向かせるには、野球の魅力をより引き出す方向に向かわなくてはならない。野球の魅力にお金を払うのは、個々の野球ファンであり、決してテレビ中継のスポンサーではない。選手とファンをおろそかにするプロ野球は滅びるだろう。少なくとも、今回の一件は、プロ野球チームを経営している側が、実は、野球を続けていくことに余り情熱も、野球を面白くするためのアイディアもほとんど持ち合わせていないことを露呈した。そして、何よりの財産であるはずの、選手とファンを極めて蔑ろにしていることを明らかにした。

ロッテが合併の対象となったが、ロッテファンの団結力と情熱を考える一筋縄ではいかないだろう。私が選手会長ならぶち切れるところだろうが、古田さんは、渡辺の挑発に乗ってはいけない。ぎりぎりまで手の内を明かさず、慎重に対処するべきだろう。

1118 腐敗していくもの

  • 投稿日 2004年07月08日

忙しくて、書く暇がないというより、書けないコンディションなのだろうと思う。ネタは、いくつも浮かんでゆくのだが、捕まえられない。

浮かんで、漂って、捕まえられぬままに、希薄になっていつの間にか、見えなくなる。時々、繰り返し、繰り返し、出たり、しばらくジッとしていたり、そういう繰り返しがあって、そのうちに腐ってゆくものもある。

それが何だったのか分からないが。

模様替えした。なんだかちょっとだけ雰囲気が変わったと思われたかもしれないが、メニューを整理し、全体的にシンプルにしたつもり。私の理解力の範囲で、私のセンスでやるので、余り代わり映えしない。残念。

より大きな変化は、掲示板のスクリプトを最新のものにしたこと。これも見かけは変わりないと思う。それに伴い過去ログのメニューも整理した。

用意してあったメニューのリンクを辿り、サイト内を動く人はほとんど居ない。邪魔なだけだ。メニューに用意したものは、ほんの少し想像力を働かせたり、努力すると、簡単に見つけられるものばかりなのだ。

取り敢えず、ホームとインデックス、そして注意事項のリンクのみ残した。

何も要らないと云う意見もある。

現実には、<h2>レヴェルの見出しが無駄になっている。スクリプトを改造したら何とかなるかもしれないが、知識がない。

おおよそ、10名程度の定期的な来訪者があるらしい。ありきたりでないことを書く積もりで、努力している。少し違った角度から、ものを見ようとしている。いかりをぶつけることもあるかもしれないが、なるべく感情に流されないようにしているつもりである。物事の本質を見極めたいと思っている。本質の表現方法は一通りではないと信じている。

私は、自分がせっかちと思っていたら、昔お世話になった先輩は、私を暢気と評価した。私のことを見て、思っていたより背が高い、と云う人と、もっと背が高いと思っていたと云う人がいる。

客観的に一つのものを評価しても、あたかも全く逆に思える表現がある。一般的な評価に惑わされることなく、自分にとって、物事の本質は何か、と云う、利己主義的な視点で見つめ直し、結論が導けたとき、私は、そのネタを捕まえたと感じて、ここに書く。

1117 託児所

  • 投稿日 2004年07月08日

詳しい事情は、分からないが、駐車場で赤ん坊が死んだ。締め切って3時間。しかも日中なら、かなり厳しいコンディションだろう。エンジンも切っていたとのこと。

親の不注意、というか、無責任というか、非常識を責めても解決しない。毎年繰り返される。

託児施設の設置を義務づけてはどうか。氷山の一角で、どのくらいの赤ん坊が駐車場で命を危険に曝しているか、考えると、身の毛がよだつ。

1116 犯罪

  • 投稿日 2004年07月06日

使用済み核燃料の処分法は、なかなか重大な問題らしい。何しろ、国のエネルギー政策の根幹を為す。また、放射性廃棄物の処理には、莫大なコストがかかる。

再処理の方法を決める根拠となるはずの、再処理コストの計算がうやむやにされていた話は、つい、忘れていました、とか、うっかり見過ごしていました、とか、誰かが勝手にやったことで私は知りませんとか、そういう下らない言い訳は通用しない。

意図的にせよ、偶発的にせよ、巨大な再処理施設は作られ、莫大な国費が無駄遣いされる。どのような言い訳をしたところで、これは犯罪行為として罰せられるべきだと思う。

1115 ペコペコするボタン

  • 投稿日 2004年07月05日

わたしは、ペコペコのボタンが嫌いだ。

薄いフィルム状のボタンのこと。カード型電卓などに使われている。我が家の風呂の湯沸かしのスイッチや、炊飯器、掃除機、様々なものがこれだ。

フィルム状のスイッチはストロークが短く、使いにくい。押す、と云うより、潰す感覚で、スイッチが入る。明確に、スイッチを入れるためには、無駄な力が加わる。それはあたかも、テレビに向かい、調子の悪いリモコンを操作しているときのように、ほとんど意味のない気合いの無駄遣い。端から見ると滑稽であるが、やっている本人は疲れるのだ。

ペコペコスイッチの利点は、スペースファクターに優れることと、埃や水気に強いこと。そしておそらく、組み立ての容易さから来るコスト面のメリットがあるのだろう。

操作感の悪さに加え、耐久性の低さも欠点である。

携帯電話のキーをあらゆる状況で打ち続ける人々を見るに付け、入力デバイスとしてのペコペコボタンに見事に対応している人々に、恐れ入る。完全なシート状ではないにせよ、ストロークの短さや、ボタンの小ささなどは、とても私に許容できるのもではない。格子状に並んだ、小さなペコペコボタンの操作に、日常会話のかなりの部分を置き換える。しかも片手である。人間には素晴らしい能力があったのだ、と、気付かされる。

きっとリズムが大切なのだろう。私は両手を使い、最高級キーボードに向かっている。使い心地は悪くないが、だからといって、いつも素晴らしいアイディアに恵まれる訳ではないのだ。

1114 続きを読む…

  • 投稿日 2004年07月03日

いわゆる、ブログによくあるやつ。どうしてあんなことをするのか理解に苦しむ。出し惜しみ、というか、小出しにして、どう?面白いでしょう、もっと読みたいですか?っていうのはどうかと思う。

読むために、そのページを見ている。それ以上のクリックを求める意図が分からない。

だいたい、その前半部分、つまり予告編を読んでも、大抵はわからない。きっと、何かオチがあるのだろう、と思う。もっと読みたいですか?と聞かれても、そんなことは分からない、と云うのが私の答えだ。わたしなら、是非読んでください、とおもうから、半分隠したりはしない。

クリックするべきかどうか迷っている自分が馬鹿のような気分になる。そこまで読んで、もっと読もうか、どうしようか、と、判断の付かない人は、お呼びでない、と、拒絶された気分になる。

全部見せればよいのだ。読んでみて、やっぱり下らない。読まなければ良かった、と、思わせられるのは嫌だ。

そういう気分になるのは、私だけなのか。

1113 荒れるコメント欄

  • 投稿日 2004年07月02日

ブログが流行で、そういうのにはコメント欄がある。記事がいい加減だったり、配慮が足りないと、コメント欄が荒れることがある。公開している以上、発言に責任を意識するべきだ。責任逃れのような表現が含まれると、それに対するコメントも、無責任なものを許容しなくてはならなくなる。

Webビジネスコンサルタントのネタ帳経由。

http://neta.ywcafe.net/000394.html

共同通信編集委員室のサイト「CH−K」編集日記 ブログ版と云うタイトル。記名記者は「編集長 小池 新」とある。編集長は多分、肩書きと思う。この世の中には、肩書きに似せたような通称を持つ人もいるから、一応、疑ってみる。

http://chk.livedoor.biz/archives/3212621.html

通信社で、この人は果たして、どういう立場の人か。グーグルで調べてみたが、はっきりしたことが出てこない。社員食堂広報の編集長かもしれない。編集長という肩書きで、この人が有名な通信社の責任ある立場の人だと思わない方が良い。

そもそも、「共同通信編集委員室のサイト」、と云うのが、共同通信社と関係があるかどうか疑って掛かった方が良い。少なくとも、件のサイトから、共同通信社へ、あるいは、その逆向きのリンクは見つからなかった。似たような名前で、全く関係が無い、というのは時々ある話なのだ。

ネタ帳で話題に上がったのは6月26日の記事である。実は、そのページがCamino 0.8で表示できなかった。昨日は本文部分が全く表示されず、今日は表示されているが、何故かタイトル部分が豆文字、本文部分は行間がほとんど無しで、重なりかけていて読みにくい。因みに共同通信社の方も、豆文字だ。

内容は、個人に対する誹謗中傷である。その翌日分の編集日記に、、

それに便乗して書くのもヘンだが、少し付け加えさせていただく。

法令に違反しない限りは何を書いても自由だし、それがwebの魅力だろう。

などと書いていらっしゃる。そして、

人間は、どんなに背伸びをしても、正体を隠そうとしたとしても、しょせん、その人間以上の文章は書けない

などと、、、私はこの一節からインスピレーションを受けて、「人間は、どんなに背伸びをしても、正体を隠そうとしたとしても、しょせん、その人間以上の文章を読み取ることは出来ない」と、いう一節が浮かんだ。最近、自分自身が、深刻に読解力の不足を感じている。読むことが出来ない人は、書くことも出来ないのではないか。

私が、この編集長氏に対して、批判的になるのは、以下のような言い回しを見つけたからだ。

適当な例かどうかは分からないが、

ちょっと言いすぎたかもしれないが、

人を批判するときに、こういった言い訳じみた言い回しは止めた方が良いだろう。適当な例でないなら書くべきでないし、言い過ぎと思うことは書くなと思う。しかし、<q>法令に違反しない限りは何を</q>っていうのは、このことなのか?

それ以外にも、具体的に説明しづらいが、と云いながら具体的に箇条書きしたり、

小金を持ったオヤジ向け

「オジさん雑誌」

など、意味不明で曖昧な定義に、「サライ」という雑誌をあてはめたり。鼻持ちならないと思うなら買わなければいいのに、と思う。

多分、共同通信社とは関係ないと思う。こういう書き方をすると、当然、コメントも荒んだものが多くなる。ざっと見渡して、一番印象に残ったのは、

共同通信社のライブドアに対する公式な見解ですね

そう受け取って良いのですね?

多分、共同通信社とは関係がないもどきサイトだし、編集長といっても、家族新聞かなにかの編集している人かもしれない。

1112 ライブドア

  • 投稿日 2004年07月01日

ライブドア社と私は幾らか縁があって、トランスウエアという会社からOPERAというブラウザソフトを購入したのだが、Operaの日本での販売権を買い取ったのがライブドア社で、私のライセンスは宙に浮いてしまっているので、余りよい印象がない。

http://www1.linkclub.or.jp/%7Enaminchi/oyanews/homep/HP2004/HP040611.html#HP040611_2

しかし、誰も見向きもしない、プロ野球チームを、彼らが買い取ろうと提案している。今まで、誰ひとり、買うと言い出さなかったのは、周到な根回しが出来ていたからだろう。ライブドア社は、傍若無人に狙った物を手に入れるのが特徴らしい。本気かどうか、訝る向きもあるようだが。

はたして、大阪のチームと合併して、大阪ドームで試合をしたいと、長年切望していた神戸のファンが居るだろうか。あるいは、出来れば昨日まで敵同士だったチームの選手を迎え入れて、本当はチームが消滅すると言う現実には目を背け、何となくうやむやに、新しくできるチームを応援したいと思うファンが居るだろうか。

注目すべき点は、そういう訳の分からないうやむやを、何となくやり過ごして、それでもチームのファンで居続けられる情熱的な、というか、とにかくファンは、長年夢見ていたジャイヤンツと同じリーグになれるという、大変なメリットがあるということらしい。

何しろ、プロスポーツと言えばプロ野球、プロ野球と言えばジャイヤンツ、と、思い込んでいる、ヤンキースタジアムに身の毛がよだつような、醜悪なオレンジ色の看板を掲げ、伝統のユニフォームは何故かTOKYOから、YOMIURIに模様替えさせて、サッカーチームにも自分の新聞の名前を付けようとした利己的で頭の固い彼は、彼のチームの試合よりも、メジャーリーグの野球の方が面白い事に気が付いたからこそ、あのフェンスをオレンジに塗ったのだ。

経営者達にとって、チームが減ることは、会社の財務を悪化させる厄介者を処分した点で、高く評価されるのだろうが、それを喜ぶファンは居ない。

ジャイヤンツオーナーは頑として、チーム削減をやり抜く積もりでいるらしい。

いざとなれば、オーナー会議で拒否するつもりだ。

彼にとって、ファンはクソみたいな物なのだろう。素直にニッテレのナイターを見ていればいい、と思っているように思える。

マスコミの横暴と言う言葉が実に似合う。

1111 スピーチ下手

  • 投稿日 2004年06月30日

日本人はスピーチが下手と云われる。

プレゼンテーションの一部としてスピーチを捉えると、プレゼンテーションの技術などを、専門的に学ぶ機会が、ほとんど無いから、やむを得ない部分もあると思う。しかし、これから先国際的な競争に実を晒す日本人達は、その分野で大きな遅れを取ることで、言葉の壁以上の大きなハンデを背負うことになるだろう。

選挙の政見放送をやっている。今日はジミン党だった。朝の忙しい時間で、見通すことは出来なかったが、概ね見た。小泉氏が一人でカメラに向かい、演説(?)していたのだが、酷かった。聞き取りにくい声で、無表情で、喋り続ける。聴き取りにくい。抑揚が無く、何を伝えたいのか分からない。あれは、ボードや字幕などを使ってはいけないのだろうか?視覚障害者に対する配慮か?昨日の女性党の方が、「主張を伝える」と云う点ではましだろう。インパクトも強烈だった。ジミン党は比例区の政見放送を捨てたのだろうかか?

その次の共産党の放送も驚かされた。一般市民を模した女優が聞き手になり、しい委員長から話を聞く、と云う体裁なのだが、まるで、何かの洗脳ビデオのようだった。

民主党は余り見ている暇がなかったのだが、新代表と元アナウンサー議員が二人で話を進める。プロレスラーよりも芸能人を数人用意すると、次期選挙で再生産が望めるだろう。

三菱自動車会長の株主総会でのスピーチが、一部ニュースで報道されていたが、酷かった。パワーポイントを使ったプレゼンテーションで、台本棒読みだ、台本棒読みスピーチは恥じるべき行為だ。それをやった時点で、会社の経営者の資格はないと思った方が良いだろう。

その後のニュースで三人並んで記者会見していたのはUFJ銀行の首脳だったらしい。ニュースの内容は分からずに、きっと謝るのだろうと思っていたら、謝った。

意外性のかけらもないニュースだった。

1110 日曜日の午前中

  • 投稿日 2004年06月28日

公園の清掃が終わってから、こども達と出かけようとしていたら、雨が降ってきたので、珍しく、日曜日の午前中にテレビを見た。

テレビ朝日、報道ニュースショウで、出生率について話題になっていて、私は、年金の計算をする上で、重要な根拠の一つであることは間違いなんだろうけれど、出生率低下が年金問題の一部と矮小化されて扱われることが良くないと思っていたので、興味深く見た。

何しろ、出生率が将来どうなるか。現在まで下がり続けており、そのままにしていれば更に下がり続けることは必然だろう。率がどれくらいなら良いのか、というより、将来、数十年後の人口構成、人口そのもの、社会構造を予測し、今から目標とする出生率を設定し、それに近づけるような積極的な施策が必要と思う。

番組の中で、出生届に父親の名前を書く必要が無くなったヨーロッパの国が話題になっていた。現在の出生率の概念は公衆衛生学的な統計がベースになっている。社会構造や経済構造と絡めて考えるなら、新たな視点を加えても良いのではないかと思う。例えば、男性が生涯何人の父親になったか、という計算根拠や、母親の出産年齢を考慮した統計とするなど。

おそらく、現在の出生率が続くか、もしくは更に低下傾向が続くと仮定し、ある種の処理を施した統計結果は、100年後の恐ろしい未来予測を示すのではないだろうか。

1.3より上か、下かなど、極めて下らない論議で、100年後の年金財政を論議する以前に、出生率を劇的に上昇させる手段を論議するべきだ。しかも、ターゲットとするべき出生率は2.1である。この状態を放置することは、将来の世代に大きな付けを残すことである。

しかし、本気で考えている人(候補者)は、あまり居ない。つつかれるとみんな、そうです、そうです、と云うのだが、これは選挙中の候補者に共通してみられる一種の病気のようなものだ。

と、思っていると、女房がレンタルビデオ屋から戻ってきて、ファインディングニモに画面は切り替わった。

1109 政治に救いを求める人々

  • 投稿日 2004年06月26日

失ってしまったものは、もう還ってこない、と思う気持ちと、今何とかしなくては、永久に失われてしまうかもしれないという気持ちは、天と地ほどの差があるに違いない。

先日、といってもかなり前の話だが、北朝鮮拉致被害者家族会、拉致の疑いが濃厚な行方不明者たちの家族の皆さんが、そうり大臣に食って掛かって、批判されていたとき、私はテレビのニュースで見て、この人達は、本当に政治が唯一の頼りなのだ、ということを感じた。彼らは助けを必要としているのだ。その切実さを、政治家は分かっているのだろうか、と思った。

更にさかのぼり、3人の日本人がイラクで誘拐され、殺害予告が出ていたとき、必死になって救出を求める家族の様子を見て、この人達を救えるのは政治だけなのだ、と思った。彼らも、切実に政治に助けを求めていた。しかし、自衛隊派遣について、政府の施策が簡単に翻るのは拙いだろうから、家族の願い、というか、誘拐犯達の要求は受け入れられないだろう、とも思った。

端で見ている当事者でない人は、駄目なら諦める気分で居るのかもしれない。自分のものを失って、初めて分かる感情。失ってしまったものは、もう還ってこない、と思う気持ちと、今何とかしなくては、永久に失われてしまうかもしれないという気持ちは、天と地ほどの差があるに違いないと、橋田氏のご遺族と、人質になった三人の家族と、殺害された韓国人のご遺族を見て感じた。

1108 プロ野球界の閉鎖性に呆れる

  • 投稿日 2004年06月26日

必死になって応援しているファンが、現実に引き戻されるとき。

あこがれの選手や、チームの盛り上がりが、実は、親会社の見栄や儲けや、都合の上に映し出された幻だと、思い知らされるとき。

選手は、球団から報酬を得ている。まぁいい。球団はスポーツ選手というより、業績の上がらない社員と思っている。

現実に引き戻され、全てを失うことになるファンはどうなのだ。ファンに対する裏切り行為を、償うチャンスは二度と来ないだろう。

ファンも学ぶべきだ。8対0で、ぼろ負けしている8回表ツーアウト走者無しで、ラッパの音に声を合わせて歌うのは、愚かだと悟るべきだ。

ファンを蔑ろにして、プロスポーツは成り立たないことを、ファンは自覚するべきだ。

既成事実として進められることに異議を唱える人がいないことが実に不可解。

1107 公共放送を見ないひと

  • 投稿日 2004年06月23日

ウェブ上には、2ちゃんねる用語を筆頭に、いわゆるジャーゴンを基調とした文章を書く人が非常に多い(ともすればその文体でしか文章が書けない人もいるんじゃないか?)と言う最近の風潮は好ましいものではない。

はてなダイアリFlowerLoungeはてな版

適宜覚書:言葉の伝わりやすさ(経由)http://dac.lolipop.jp/blog/archives/000115.html

というような話題を、見かけた。風潮については、私はどうでも良いと思う。そのうち、会社の報告書にも(笑)やら、(^^; を添える人が出てくる。

誤解が生じないよう、努力している。その努力のために、時に、察しの悪い、物分かりの悪いおじさんを装っているのか、真に私の察しが悪いのか、分からなくなることがある。結局は、読み手を想定し、自分との距離感を測る。距離感がぴったりと合えば、非常に曖昧な表現が、見事に意図を表現するだろう。

飛躍するが、私にとっての問題は、ジャーゴンを基調とする文章の理解が難しいことではない。

実際、私は2chをほとんど見ない。見ても分からない言葉が並ぶ。分からなければ、googleで検索する。いくらか分かる。謎が謎を呼ぶこともある。恐ろしいのは、誤解してしまうこと。さらに、誤解を恐れない、ジャーゴン使い達が、勝手に意味を拡張してゆくこと。そうなると誤解無く理解するには、相当な困難を伴うだろう。しかし、私が恐れる状況はそれではない。

そういったジャーゴンを使わず、1行ごとに、(w と付けていくことに違和感を持ち、余計な修飾を省き、出来る限り単刀直入に、自分の意志を届けようとする努力のために、違う世界と認識されて、端から相手にされなくなることが、恐ろしい。

ある人はNHKを見ない。詰まらないから。まじめくさって、CMも入らない。見る気がしない、というのである。ジャーゴンやら、顔文字やら(同一のカテゴリに入れて良いものかどうか)を拒絶することで、まじめくさった詰まらないものというカテゴリに入れられる可能性はある。

今のところ、開き直っている。しかし、後5年後の状況は予想がつかない。

1106 近況

  • 投稿日 2004年06月23日

気ぜわしく、忙しい。ゆっくり考えている暇がないのか、暇がないと思う余り、寝不足に陥り、思考が停止してしまうのか。

ものをかんがえ、書き留めることに消極的になっている。自分の中で、ぐるぐる回っているのだが、はけ口が見つからない。溜まる一方の澱みを何とかするには、溝を掘って排出しなくてはならないだろうが、溝を掘る余裕がない。

選挙が近いのだ。投票に行くかどうか分からない。民主主義というのが分からない。私の主張は、概ね少数意見に属する方である。見ていると、議会制民主主義というのは、多数側にそれなりの(非常に曖昧な言葉であるけれど)デリカシーが必要で、また、深い配慮やら、少数意見のものたちを部分的にでも納得させようと努力する誠実さが無いと感じられた場合、むしろ大衆に迎合する独裁となる。

ような気がしている。

こうなると、無為な一票を投じるよりも別なやり方があるのではないかと模索する。言論の自由、表現の自由。そういった部分で。

1105 赤旗が出ないこの頃

  • 投稿日 2004年06月21日

派手なクラッシュがトラック上であり、マシンから自力で出られないドライバーがトラック上に置き去りにされている。

後続が際どく、横向きになった事故車を避けたとき、片山氏は悲痛な声を上げた。「これは危ない」おそらく、3台ほどのマシンが、脇をすり抜けた。二次的な事故が起きていたら、状況は悲惨なものになっていただろう。

事故車はバンクを抜けたホームストレート上に止まっていた。レスキューの到着に大変時間が掛かった。いったい何をやっているのか、と、驚くほど遅かった。ドライバーを救出するのに更に時間が掛かった。

今回のケースでは、赤旗が提示されるべきだと思った。トラック上で救助活動がおこなわれていたこと。そして、トラックそのものにマシンの破片が散らばり、走れる状態ではなかったこと。

ピットに入ったはずのマイケルがトップに留まったことが、それを証明している。佐藤はレース後に破片を避けて走る間に、先行を許したといっていた。

セーフティカーが導入されるようになってから、レースが赤旗で中断することが滅多になくなった。しかし、重大な二次事故の危険性があったわけだし、トラックコンディションがレース結果に重大な影響を与えているのだから、あそこは赤旗を出すべきだったと思う。一つはテレビ中継の都合なのだろうが、安全性とコンペティションを犠牲にするのは拙い。

1104 見せたい番組

  • 投稿日 2004年06月19日

社団法人日本PTA全国協議会という団体の正体が、今ひとつ分からないのだが、毎年彼らが発表する子供のテレビ番組視聴に関するアンケート結果。

見せたくないテレビ番組の上位10位までに、私の知っている番組は、「学校へ行こう」一つだけ。「クレヨンしんちゃん」も一応知っているが、一度も視たことがない。

朝日新聞のウエブ版記事によると、小学5年生と中学2年生の保護者を対象にしたアンケートで、5011人から回答があり、そのうち1296人が「見せたくない番組がある」と答え、番組名を二つまで答えている。

該当番組を視たことがなければ、何とも答えようがないわけで、アンケートの取り方としては、具体的な番組名を挙げた上で、視たことがあるかどうか、子供の視聴についてどう思うか、という尋ね方をするべきだろう。

見せたくない番組を答えなかったおよそ3700名も、「あらゆる番組を自由に視て良い」か、「問題のある番組は日頃から視ていないので意識しない」の二通りと思うが、比率は明らかでない。

見せたい番組の方は、1883名が、「ある」と答えたとのこと。

ランキングに並んだ番組は、半分程度知っているが、どちらかといえば見せたくないカテゴリーにはいるものが多い。

無差別にこの世の犯罪を垂れ流しているニュース番組(5位)を子供に見せたいとは思わない。偉人伝ものや、レポーター参加の半ヤラセ番組なども子供たちに見せたいとは思わない。テレビ体操や外国語講座など、実用的な番組がランキングに入らないのも不思議な気がする。

くどくど書いて、このアンケート結果そのものはニュースとしての価値がほとんど無いことに気がついた。PTA全国協議会というものが何物か知らないが、青少年保護の立場なら、もう少し建設的な取り組みをした方がよいと感じる。

1103 納得する必要のない生き方

  • 投稿日 2004年06月16日

納得する必要はない。

冷静になる必要もない。学習する必要もない。

何かについて、したり顔で語るより昨日見てきたことを思い出しながら話しかけたらどうか。

小児たちの残酷さを見る。見る間に膨張し、周りと干渉し合い、傷つけ合いながら形作られていく残酷さを、私もかつて経験したはずで。それはかならず自分の芯に埋没しているはずなのだ。

快感を報酬として思いつきで生きる。そういうひとときを私は忘れていた。

1102 服装

  • 投稿日 2004年06月15日

ノーネクタイで、リラックス、和気藹々とやりましょう。

なんたって、私たちは仲良しだから気遣い無く。ラフな格好で。普段からラフな人はそれでも良いかもしれないけれど。なんだかだらしなく見えたり、むしろ滑稽で、却って肩が凝りそうな人々。服装に凝っても仕方がないような気がしたのでわざわざ書いた。

英断

国連軍に参加するのだそうな。いや、多国籍軍だ。国連決議に基づく多国籍軍らしい。軍に参加するのだが、戦争には参加しないというところがミソだ。国連には多大な貢献をし、米国政府にも恩を売り、米国政府には協力を感謝され、米国政府の顔を立てる。当のイラク国民に、米国政府に対し多大な貢献をした、と認定され感謝されたり、迷惑がられたりするかもしれないが、軍隊も色々だし、貢献も色々だから。久しぶりに、非戦闘地域が話題になった。非戦闘地域で活躍するのだから、戦争に参加したことにはならないし、多国籍軍に参加する仲間たちから、そんなの狡い、卑怯者、弱虫、などと言われることも無いはずなので、首相はすごいと思った。

憲法も色々だし、何かぶつくさ文句を垂れるやつがいたら、そいつらには、「選挙目当てのバホーマンズだ」とか安倍さんに言わせればいい。

決してそうり大臣が独断で軍隊を出動させることを決めたのではなく、ブッシュさんがそうして欲しいと云ったから。ブッシュさんはアメリカの大統領になった人ですよ。国会なんて、あってないような物だから、いちいち気にしない。相手にしないという姿勢を一貫して貫くことが高い支持率のコツだと思います。

繰り返しますが、テロには断固屈しません。私たちがやるのは人道復興支援ですから。やられてもやられても支援するってことではないんだが、そこまではまだ考えてません。

ところで、「人道復興」支援、って、なんだろう?

1101 ETCの可能性についてさらに

  • 投稿日 2004年06月15日

ETCの装着を義務化するべきだ。中途半端は意味がない。高速道路利用車はETC装着を必須とする。

大量生産で機械のコストは下がるだろう。料金徴収システムを民間に開放すれば、無料で機器を取り付けるのが当たり前になるだろう。

しかる後、料金所の徴収員は全て解雇する。解雇が拙いなら、何か他の有意義な職を用意する。何にしたってゲートに突っ立ってお金を取るよりは健康によく、その人たちの能力を生かせる仕事を見つけられるのではないか。

そして、高速道路の出入り口を5キロに一カ所程度に増やす。それによって、高速道路は利用しやすくなる。高速入り口を探して一般道を右往左往する車が減る。遠回りしなくて良くなるから渋滞も減る。経済効率も上がる。出入り口付近のレストラン、商店、土産物店などが儲かるだろう。

高速道路料金の無料化が実現不可能となった現在、高速道路を一般に開放し、より効率的に利用する手段の一つとして。思いつきである。

1100 民営化推進

  • 投稿日 2004年06月15日

民営化したらどうか、と思うのは、高速道路の料金徴収システムだ。

私はどうにも、あの馬鹿げた機械にお金を払う気になれない。移動体通信網の例でも分かるように、民間の参入を許し、競争原理が働けば、ハードの値段は一挙に下がる。また、様々なサービス料金などが登場するはずだ。自動車が原則ETCを装備するという状況になれば、例えば、あらゆる料金所で自由に乗り降りが出来る乗り継ぎ料金なども可能だろう。そうすれば、サービスエリアの下らないレストランで行列を作る必要もなくなり、高速道路沿線の地域の名産を食べるレストランに入ったり出来る筈だ。

高速道路の乗り口ETC専用の出入り口(原則無人)を各地に新設したらよい。人件費が掛からない。料金計算も機械がやることだ。高速道路沿線で道路利用者がお金を使う。今までサービスエリアの一部企業が独占していた利益を、地元に還元出来るだろう。

なにより、道路利用者にとって様々な選択の余地が増える。このメリットは大きい。