散歩は大人の娯楽です。子供たちは「ただ歩く」だけなんて疲れることは喜びません。

夙川沿いオアシスロード

オアシスロードの新緑

どんどん歩くタンタン

どんどん歩くタンタン

先日読んだ内田樹さんのエッセイのなかに「散歩をしない」という話が出てきました。歩くことは移動の手段であって、目的地と到着予定時刻が必要。ただ歩くことを目的に歩くことはしない、というようなことだったと思います。

子供も同じです。疲れるかどうかは彼らの行動を決める重要な基準です。階段も上ろうとしません。エレベーターがあるなら使うし、トウサンが居たら抱っこしてもらうのです。子供たちを散歩に連れ出すにも、何かエサを用意する必要があります。大人たちは、時として体にいいからとか、運動不足だから、というような、もっともらしい理由をエサにします。(どちらもbenefitという英語に相当します)

歩くことの快感を理解するには、ただ歩くきっかけが必要です。慌てる理由がなくて、天気が良くて、体を動かす気分になっていて、興味深い道を知っていれば、散歩に出かけるに十分な動機をもっていると云って良いでしょう。タンタンがツバメの巣を見に行きたいといい出しましたので、歩いて出かけることにしました。タンタンは自転車に乗って出かけるつもりで居たようですが、歩いていこう、と決めつけて出かけました。

いきなり、夙川公園を横切って、夙川の東岸へ飛び石を渡りました。自転車でこれは出来ません。東側のオアシスロードは新緑の美しい季節です。いつもならまっすぐ阪急夙川方面に向かうのですが、今日は遠回り。折角歩くのですから、石段や狭い路地へどんどん入っていくことにしました。

どうだい?こんな道、通ったことある?

タンタンも、徒歩の機動性に気がついたらしく、片っ端から車庫や庇をのぞき込んで、ツバメの巣を探しながら歩き始めました。余りあからさまに人様の家をのぞき込むのも少々問題があると思い、先ず地面を見てツバメのフンが落ちていたらのぞき込んで巣を探すように、タンタンにアドバイス。このやり方で早速新しい巣を一つ見つけて、タンタンは大いに納得しトウサンの株も若干上がったと思います。

桜道の車道側を歩いて、阪急夙川に出て、駅の裏のコーヒー屋と中華料理屋の巣を眺めてから、酒屋や不動産屋の庇のかげをのぞき込みました。その後、裏道を通って夙川カトリック教会の周りを一周。踏み切りでしばらく電車を眺めて時間を過ごし、大学の前を下って家に戻りました。タンタンが自分の足で歩くにはずいぶん距離があり、かなりくたびれたようでした。

思うと、最近は子供たちの希望を聞くばかりで、公園で子供たちの監督役がもっぱら。子供たちと近所を歩いたのはずいぶん久しぶりです。ことに、タンタンと二人きりで出かけたのは初めてだったかもしれません。タンタンはトウサンと歩くことが結構面白いと思ってくれたのではないかと思います。


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